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2005年 11月 30日
バロンドールデータベース
ネットで探してきたデータを。

フィーゴはバルサ時代かなあ?


①バロンドールとは?
 ・フランスの専門誌「フランス・フットボール」誌が1956年から発表する賞。
 ・選定はヨーロッパ各国のジャーナリストが候補50人の中から1位から5位まで決めて投票。
 ・1位5p、 2位4p、3位3p、4位2p、5位1pで集計。
 ・1995年から欧州でプレイする者ならEU外選手でも受賞対象

②2005年得票結果
225ポイント  ロナウジーニョ (ブラジル/バルセロナ)
148      ランパード (イングランド/チェルシー)
142      ジェラード (イングランド/リバプール)
 41      アンリ (フランス/アーセナル)
 33      シェフチェンコ (ウクライナ/ミラン)
 23      マルディーニ (イタリア/ミラン)
 22      アドリアーノ(ブラジル/インテル)
 21      イブラヒモビッチ(スウェーデン/ユベントス)
 19      カカ(ブラジル/ミラン)
 18      エトー(カメルーン/バルセロナ)
 18      テリー(イングランド/チェルシー)
 15      ジュニーニョ(ブラジル/リヨン)
  8      マケレレ(フランス/チェルシー)
  7      バラック(ドイツ/バイエルン)
  7      チェヒ(チェコ/チェルシー)
  7      ドログバ(コートジボアール/チェルシー)
  7      リケルメ(アルゼンチン/ビジャレアル)
  5      ジダン(フランス/レアル・マドリー)
  4      ブッフォン(イタリア/ユベントス)
  3      キャラガー(イングランド/リバプール)
  3      C・ロナウド(ポルトガル/マンチェスター・U)
  2      エシアン(ガーナ/チェルシー)
  1      ルイス・ガルシア(スペイン/リバプール)
  1      ネドベド(チェコ/ユベントス)

③過去の受賞者と次点
正しいかどうか不明。

年度
受賞者
次点


2004年
 シェフチェンコ(ミラン)
 デコ(ポルト)
2003年
 ネドベド(ユベントス)
 アンリ(アーセナル)
2002年
 ロナウド(R・マドリード)
 ロベルト・カルロス(R・マドリード)
2001年
 マイケル・オーウェン(リバプール)
 ラウル(R・マドリード)
2000年
 フィーゴ(バルセロナ)
 ジダン(ユベントス)
1999年
 リバウド(バルセロナ)
 ベッカム(マンチェスター・U)
1998年
 ジダン(ユベントス)
 ロナウド(インテル)
1997年
 ロナウド(インテル)
 ミヤトビッチ(R・マドリード)
1996年
 ザマー(ドルトムント)
 ロナウド(バルセロナ)
1995年
 ウェア(ミラン)
 クリンスマン(バイエルン)
1994年
 ストイチコフ(バルセロナ)
 R・バッジョ(ユベントス)
1993年
 R・バッジョ(ユベントス)
 ベルカンプ(インテル)
1992年
 ファン・バステン(ミラン)
 ストイチコフ(バルセロナ)
1991年
 パパン(マルセイユ)
 マテウス(インテル)得票同数次点
 パンチェフ(レッドスター) 得票同数次点
 サビチェビッチ(レッドスター) 得票同数次点
1990年
 マテウス(インテル)
 スキラッチ(ユベントス)
1989年
 ファン・バステン(ミラン)
 バレージ(ミラン)
 3位:ライカールト(ミラン)←多分。
1988年
 ファン・バステン(ミラン)
 フリット(ミラン)
1987年
 フリット(ミラン)
 フットレ(A・マドリード)
1986年
 ベラノフ(ディナモ・キエフ)
 リネカー(バルセロナ)
1985年
 プラティニ(ユベントス)
 エルケーア(ベローナ)
1984年
 プラティニ(ユベントス)
 ディガナ(ボルドー)
1983年
 プラティニ(ユベントス)
 ダルグリッシュ(リバプール)
1982年
 P・ロッシ(ユベントス)
 ジレス(ボルドー)
1981年
 ルムメニゲ(バイエルン)
 ブライトナー(バイエルン)
1980年
 ルムメニゲ(バイエルン)
 シュスター(バルセロナ)
1979年
 キーガン(ハンブルグ)
 ルムメニゲ(バイエルン)
1978年
 キーガン(ハンブルグ)
 クランクル(バイエルン)
1977年
 シモンセン(ボルシアMG)
 キーガン(ハンブルグ)
1976年
 ベッケンバウアー(バイエルン)
 レンセンブリンク(アンデルレヒト)
1975年
 ブロヒン(ディナモ・キエフ)
 ベッケンバウアー(バイエルン)
1974年
 クライフ(バルセロナ)
 ベッケンバウアー(バイエルン)
1973年
 クライフ(バルセロナ)
 ゾフ(ユベントス)
1972年
 ベッケンバウアー(バイエルン)
 G・ミュラー(バイエルン)
1971年
 クライフ(バルセロナ)
 マッツォーラ(インテル)
1970年
 G・ミュラー(バイエルン)
 ムーア(ウェストハム)
1969年
 リベラ(ミラン)
 リーバ(カリアリ)
1968年
 ベスト(マンチェスター・U)
 B・チャールトン(マンチェスター・U)
1967年
 アルベルト(フェレンツェバロシュ)
 B・チャールトン(マンチェスター・U)
1966年
 B・チャールトン(マンチェスター・U)
 エウゼビオ(ベンフィカ)
1965年
 エウゼビオ(ベンフィカ)
 ファケッティ(インテル)
1964年
 ロー(マンチェスター・U)
 スアレス(インテル)
1963年
 ヤシン(ディナモ・モスクワ)
 リベラ(ミラン)
1962年
 マソプスト(ディナモ・プラハ)
 エウゼビオ(ベンフィカ)
1961年
 シボリ(ユベントス)
 スアレス(インテル)
1960年
 スアレス(バルセロナ)
 プスカシュ(R・マドリード)
1959年
 ディ・ステファーノ(R・マドリード)
 コパ(R・マドリード)
1958年
 コパ(R・マドリード)
 ラーン(ロート・バイス・エッセン)
1957年
 ディ・ステファーノ(R・マドリード)
 ライト(ウォルバーハンプトン)
1956年
 マシューズ(ブラックプール)
 ディ・ステファーノ(R・マドリード)
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by fez_maroc | 2005-11-30 23:43 | 【サッカー洗脳】
2005年 11月 29日
ロナウジーニョ、バロンドールを受賞!
欧州各国記者の投票によって選出されるバロンドール。
今回はロナウジーニョが受賞。
前年は不可解なシェフチェンコ受賞となったが(やっぱりデコが受賞するべきだったよ)、
今回は順当にロニー。
昨年のFIFA最優秀選手と合わせて個人賞2つめ。
今年のFIFA最優秀選手もロニーで間違いないね。
今シーズンのリーガとチャンピオンズリーグをバルサが制して、
来年のバロンドールとFIFA最優秀選手の2冠も間違いないね。
で、その次の年はドイツW杯でブラジルが準優勝して(優勝はなにがなんでもオランダ)、
MVP獲ってバロンドールとFIFA最優秀選手の2冠も間違いないね。
バロンドール3度受賞だ間違いないね。
クライフ、プラティニ、ファンバステンに肩を並べるぞ。

投票結果
1位 ロナウジーニョ:225ポイント
2位 ランパード:(148ポイント)
3位 ジェラード:(142ポイント)
4位 アンリ:(41ポイント)
5位 シェフチェンコ:(33ポイント)

圧勝だね。
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【歴代受賞者】
1956年 スタンレー・マシューズ (イングランド)
1957年 アルフレッド・ディ・ステファーノ (スペイン)  アルゼンチン?
1958年 レイモン・コパ (フランス)
1959年 アルフレッド・ディ・ステファーノ(スペイン)  アルゼンチン?
1960年 ルイス・スアレス (スペイン)
1961年 オマール・シボリ (イタリア)
1962年 ヨセフ・マソプスト (チェコスロバキア)
1963年 レフ・ヤシン (ソ連)
1964年 デニス・ロー (スコットランド)
1965年 エウゼビオ (ポルトガル)
1966年 ボビー・チャールトン (イングランド)
1967年 フロリアン・アルベルト (ハンガリー)
1968年 ジョージ・ベスト (北アイルランド)
1969年 ジャンニ・リベラ (イタリア )
1970年 ゲルト・ミュラー (西ドイツ )
1971年 ヨハン・クライフ (オランダ)
1972年 フランツ・ベッケンバウアー (西ドイツ )
1973年 ヨハン・クライフ (オランダ)
1974年 ヨハン・クライフ (オランダ)
1975年 オレグ・ブロヒン (ソ連)
1976年 フランツ・ベッケンバウアー (西ドイツ)
1977年 アラン・シモンセン (デンマーク)
1978年 ケビン・キーガン (イングランド)
1979年 ケビン・キーガン (イングランド)
1980年 カール・ハインツ・ルムメニゲ (西ドイツ)
1981年 カール・ハインツ・ルムメニゲ (西ドイツ)
1982年 パオロ・ロッシ (イタリア)
1983年 ミシェル・プラティニ (フランス)
1984年 ミシェル・プラティニ (フランス)
1985年 ミシェル・プラティニ (フランス)
1986年 イゴール・ベラノフ (ソ連)
1987年 ルート・フリット (オランダ)
1988年 マルコ・ファン・バステン (オランダ)
1989年 マルコ・ファン・バステン (オランダ) ☆確かライカールトは3位
1990年 ローター・マテウス (ドイツ)
1991年 ジャン・ピエール・パパン (フランス)
1992年 マルコ・ファン・バステン (オランダ)
1993年 ロベルト・バッジョ (イタリア)
1994年 フリスト・ストイチコフ (ブルガリア)  ☆バルサで受賞
1995年 ジョージ・ウェア (リベリア)
1996年 マティアス・ザマー (ドイツ)
1997年 ロナウド (ブラジル)
1998年 ジネディーヌ・ジダン (フランス)
1999年 リバウド (ブラジル)   ☆バルサで受賞
2000年 ルイス・フィーゴ (ポルトガル)
2001年 マイケル・オーウェン (イングランド)
2002年 ロナウド (ブラジル)
2003年 パベル・ネドベド (チェコ)
2004年 アンドレイ・シェフチェンコ (ウクライナ) ☆デコが2位
2005年 ロナウジーニョ・ガウショ (ブラジル)
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by fez_maroc | 2005-11-29 12:34 | 【バルサ】
2005年 11月 28日
ラシンサンタンデール戦 4-1 気の抜けるぐらい一方的
昨日のラシン戦。
31分:エトオが自らボールを奪取してのドリブル突破ごぼう抜きでゴール。
52分:デコ?からのパスを受けたメッシが
     右から中央に切り込んで左足でグラウンダーのシュート
56分:ロナウジーニョが自ら得たPKを左サイドネットへ強烈に決める。
66分:シウビーニョがデコ?からパスを受けて左サイドから斜めにゴールへ突進。
    相手DFのクリアボールがシウビーニョにあたり、GKとの交錯前にゴール。
71分:マルケスがハンドを獲られ(どうみても不可抗力)、ラシンのカスケロがPKを決める。

この試合、8割近くバルサがボールを支配していたから、
まあ、手ごたえはまったくなくやりたい放題って感じだった。
プジョルは左サイドをドリブルで駆け上がってセンタリングまで上げてたし。

しかし、この試合でのすばらしかったことは、
メッシとシウビーニョの今期初ゴール。
メッシは昨年の1点とあわせてリーガ通算2得点目。
シウビーニョはバルサに移籍して初得点。

メッシのゴールにロナウジーニョとデコが肩を組んで大喜びで飛び跳ねていた。
ゴール直後のシウビーニョは、彼の喜びようが素直に表れていて、全員が彼を祝福していた。

誰もが今期活躍している二人のゴールを待ちわび、
心底このゴールを喜んでいた。

メッシにポジションを奪われ気味のジウリも途中出場で必死だった。
エトオはそのジウリにゴールさせようと、自分で行けるところをパスを出していた。

カンプノウのサポーターは、メッシにスタンディングオベーション。
”デコ”コールに”ロニー”コールと選手を後押しした。

チームとしての強固な結束力、競争原理、サポーターとの一体感。
バルサの強さの本質を見た試合だった。
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by fez_maroc | 2005-11-28 22:15 | 【バルサ】
2005年 11月 28日
家族ぐるみ
本日大学時代からの友人3人大学の友人とその家族で寿司ランチ。

北九州からきた”口から男”は奥さんと2歳の双子ちゃんを伴い、
堅実男は来月出産予定の奥さんを連れて、
マイペース男は愛車ガンダム(ランエボ)の爆音を轟かせてやってきた。

彼らと会う時は家族同伴の時と、友人同士だけと使いわけている。
友人同士の場合は
当然ながら普段考えていることや懐かしいことなどが話題の中心になり、
その時間は私にとっては非常に重要である。
一方で家族同伴の時間も大事な時間にしたいとも考えている。
この場合、ほとんどが子供中心に時間が流れ、友人同士の会話はない。
また、子供が小さいことからも機動力が弱くなる。
しかし、私が今回求めたのは(今回の企画は私がした)それぞれの奥さん同士、
あるいは子供同士の交流だった。
勿論3人に会う事も重要であったが、
奥さん同士が話している姿や、子供同士が仲良くすることを見るのも楽しいものだ。
残念ながら子供同士は、生まれて2度目の顔合わせだし、
すぐに同年代の子供に気圧されてしまうハルは双子ちゃんの傍観者になっていたので、
仲良しになるには時間がかかる。

まあ、私がここまで考えるのは、
それぞれの家族を伴ったキャンプを恒例行事にしたいので、
勝手に布石を打っておこうとしているためだ。

もうひとつ。
いつか今度は友人4人のみで激安旅行に行きたいと思っている。
大学時代のように。

いまなぜ彼らとの時間を私が求めるのかを考えた。
私にとって最も充実していた時代は大学時代だった。
彼らとの時間も、バイトの時間も、何もかもが充実していた。
その頃できていたことを今の私は失っていると実感している。
あの時代の自分を取り戻したいと思って数年が経つ。
彼らとの会話は必要だ。当時の充実感を思いだし今を見つめるために。

ということで、これからは4人のなで私が企画担当として動きます。

おう、みんなついて来い!
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by fez_maroc | 2005-11-28 00:17 | 【ハル家の一日】
2005年 11月 27日
ジョージ・ベスト死去
ジョージ・ベスト死去の報。享年57歳(59だったかな?)。

1960年代から70年前半にマンチェスターU等でプレーし、
そのドリブル等の高度なプレーでバロンドオールを獲得。
その個性と佇まいから”5人目のビートルズ”とも言われた男。
華麗なプレーの裏での派手な夜遊び。
アルコール依存症と27歳の若くしての引退。

数年前に読んだnumber誌の彼のインタヴュー記事を読み返した。
当時は、生死を賭けた肝臓移植を終え、故郷北アイルランドに居を構えた頃だった。
イギリスの女性を虜にした当時の面影の残ったイケメンおじさんだった。

「とにかく派手に遊んでいた。」
「エンターテイナーであるべきだと思っていた」
「エンターテイナーであるためにはベストのプレーしなければならず、
 そのために常に練習をしていた」

―あのような華麗なプレーが出来るのはなぜですか?との問いに
「天性の才能があるからだ。スポーツには天性が存在する。私はそう信じる。
だから自伝のタイトルを『blessed』(神の恵=祝福されし者)にした。
私は速く走れる。同じスピードでドリブルできる。これは生まれつきだ。」

―あなたほどの才能を持った選手はいますか?ベッカムは?
「彼の右足は見事だ。だが、私は両足が使え、3、4人抜くことができた。
私はヘディングもタックルも奪い合いもできた。彼には出来ない。
彼は私とは違う理由で素晴らしい選手です」

―これまで、あなたよりうまい人間はいましたか?
「率直に話すなら・・・・いません」

彼のプレーや、話す姿を見たことはない。
しかし、単なる大口叩きのようには思えない。
「自分よりうまい人間はいなかった」との彼の言葉を、
当時の彼のプレーを知るものは無言で大きく頷くに違いない。
それだけのプレーを見せていたからこそ説得力のある言葉なのかもしれない。

酒を愛し女を愛し、最先端のファッションを着こなし、
最高のプレーをするための努力を怠らず、
自分を神に選ばれし者と信じる。

彼の言動を説明して余りあるプレーを見てみたい。
*************************************************
ネットで動画みた。
すげー。速くて滑らかですり抜けるドリブル。
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by fez_maroc | 2005-11-27 07:32 | 【サッカー洗脳】
2005年 11月 25日
几帳面なのですか?
ハルは几帳面な性格かもしれない。

昨日昼寝の時、
ハルママは添寝をしてあげてた。
途中ふらっとうたた寝したらしいが、
その間にハルは寝室もふすまを綺麗に閉めていたらしい。
夜ハルが寝るときは必ず寝室のふすまを閉めている。
「寝るとき=ふすまを閉める」と分かっているようで、
自分で綺麗に閉めたのでした。

夜、風呂場からハルママが「ハル!お風呂はいるよ」と声をかける。
ハルは居間からトコトコと風呂場に歩いてきた。
しかし途中で居間のほうに引き返した。
ハルママはまた遊ぼうとしているものと思ったらしい。
しかしハルは、途中の扉をきちんと閉めて風呂場に来たらしい。

今日の出勤前、洗面所で顔から上を仕込み中の私の元へやってくる時も、
途中の扉をきちんと閉めてきた。

扉に興味があるのだけかもしれない。
でも、結果的にわたしよりも几帳面のようだ。
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by fez_maroc | 2005-11-25 12:28 | 【ハル】
2005年 11月 24日
アンダルシアダービー セビージャvsベティス
先日のクラシコのあと、
wowowは続けてアンダルシアダービーを放送していた。
ついでに録画していたのだが、これがすごい。

実況曰く
○通常スペインリーグでは両チーム会長が貴賓席で並んで観戦するのだが、
 このダービーの場合は例外らしく、両会長が揃わない。
○これまでほぼ毎年サポーターのけが人が出ている。
○ベティスの会長は、ホームでの試合のチケットを一般販売せず、
 セビージャサポーターをスタジアムに入れなかったことがあった。

これ聞いただけでも凄いけど、実際の試合を見たらまた凄い。
しれーっとヒールキックで金的食らわしたり(勿論レッドカード)、
スライディングも容赦なくというか躊躇なく足の裏を高々と上げてやる。
選手ほぼ全員が高揚していいて、取っ組み合い寸前の中断もしばしば。

選手もそういうもんだと思っているのか、
少々のファールに対しフリーキックを要求したりしない。
それぐらいは当然と言わんばかりに。
審判も通常の試合であれば笛を吹くところも、軽微であれば全く無視している。
これは意識的にやっているというより、
悪質極まりないファールに慣れてしまってファールの基準が甘くなってしまっている気さえする。

試合自体は、場当たり的なロングボールが多かったりして低レベルではあったけど、
これほど荒い試合も珍しくそれはそれで面白かった(不謹慎だけど)。

両チームはのサポーターの主体は、
セヴィージャが富裕層、ベティスが労働者層らしく、
両チームのスタジアムは3kmぐらいしか離れていないらしい。
まさにダービー。
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by fez_maroc | 2005-11-24 12:54 | 【サッカー洗脳】
2005年 11月 23日
福岡市動物園
天気が良かったので3人で福岡市動物園に行った。
まあしかし、先日安心院のアフリカンサファリに行って(3人初旅行③アフリカンサファリ)、
ライオンやゾウなどに直接餌付けしたんで、やっぱりちょっと迫力に欠けたなあ。
アフリカンサファリは、日中は広大な土地で放し飼いだし頭数も多く、
動物ものびのび元気だったけど、
福岡市の動物園は檻の中もしくは狭い敷地内に、
ライオン1頭ポツン、キリン1頭ポツンという感じで、動物たちも元気がなさそうだった。

まあ、市内の動物園だからしかたないのかな。

ハルはゾウに興奮気味。後半は睡魔の虜。
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by fez_maroc | 2005-11-23 23:37 | 【ハル家の一日】
2005年 11月 22日
鶴を折れますか?
皆さんは折り紙で鶴をスラスラと折れますか?
「それぐらいたやすい」って思うでしょ。ふふふ。

最近ハルママは近所の育児サークルで折り紙をやるらしく、
ネットをみたりして面白い折り方を探しては実践している。

「なにか折り方知ってる?」ハルママが問う。
「鶴ぐらいしか知らんわいな」私。

実際折る。
これが全然出来ない。
進んでは戻り、違う方向に折っては逆方向に戻ったり、
うううううっと立ち止まったままになったりと、
自力で完成するまでに1時間ぐらいかかった。

先週pinokoさんダイケさん夫婦が来た時に試してもらったんだけど(pinokoさん夫妻いらっしゃい)、
彼女等もちょっと苦闘してた。

しかしね、1時間もかかったときはヤバイと思ったね。
確かに20年近く折った記憶がないとはいえ、
鶴って折り紙の基本だからねえ。

当然できる、当然知ってるって思っていることが、
当然ではなかったってことはかなりショックですよ。

同年代の皆様!
意外に忘れているものですよ。
鶴、試してみたら?
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by fez_maroc | 2005-11-22 12:34 | 【いろいろ】
2005年 11月 21日
Clasico 05-06 2005/11/19 虚しいクラシコ
強烈なメンタリティあってこそのエル・クラシコだ。

バルサの圧勝に終わったクラシコだった。
ボールポゼッションで全く負けなかった。
バルサのパスワークは、最前線までほぼワンタッチで行われる。
相手のプレスに引っかかる前にボールが回るのであるから、
パスの出し手も受けてもフリーなスペースを常に探すことになる。
全員がパスを受ける前にフリーなスペースを確認しているため、
ボールが自分のところに来た時には次のパスコースの選択肢は把握できている。
これは日々の鍛錬と認識の共有が前提となるが、
今のバルサには誰にとっても当然の作業として受け入れられている。
そんなバルサのパスワークが、ただでさえプレスの緩いマドリーの網にかかるわけが無い。
そのパスワークはもう一列前でも華麗に展開した。
キレキレのチャビを中心にロニー、メッシ、エトオが動き回る。
アタックの段階では、彼等のスピードあるドリブルが炸裂する。

マドリのボランチのパブロガルシアは頑張った。カシージャスもさすがだった。
しかしそれだけだった。セルヒオラモスとエルゲラはスピードがない。
ベッカムはスタミナだけではどうにもならなかった。

逆に守備では、デコらの前線からのプレスとエジミウソンやマルケスの読み、
そして、プジョルの集中力でピンチらしいピンチは無かった。
ロビーニョは時折バルサDF陣を慌てさせた。しかし孤立していため脅威ではなかった。
ジダンの誰も奪うことが不可能だったキープ力は影を潜め、
奪われた挙句に、奪った相手を抱きかかえてファールする始末で、
ロナウドもほとんどボールを触ることができず二人とも全くバルサDFを慌てさせなかった。
ベッカムの右足は、ボランチだったためクロスを上げることはなく、
バルサが中盤でボール奪取するためFKで真価を発揮することも無かった。
精力的に動いていた右サイドバックのサルガドはジオが抑え、
逆にロナウジーニョをフリーにさせた。
結局バルサはマドリーになにもさせなかった。

3-0の圧勝で勝つには勝った。もっと点は取れたかもしれない。
しかし、見ていて熱狂することは無かった。
クラシコはリーガの最強チームを決する戦いと言ってもいい。
その時点での順位は関係なく、意地をぶつけ合い、技を競い、
サポーターに幸福感を提供するものだ。
チームとして圧倒的に機能したバルサが強かったのではあるが、
今回のクラシコに決定的に欠けていたのはマドリーのメンタリティ、言い換えれば“意地”だ。
昨年の優勝パレードでエトオが叫んだ「マドリーよ、チャンピオンに挨拶しろ!」との暴言は
マドリーの選手とサポーターの尻を叩いた。確かにエトオのゴールまでは意地が見えた。
しかし、それ以降はぷっつり消えた。

マドリーの意地の欠落がクラシコにむなしさを与え、
マドリーのサポーターがロナウジーニョのプレーにスタンディングオベーションを行うという
歴史的行為を促した。
マドリーのサポーターの行為は、
マドリーの気持ちの無さに対する失望の表れにしか見えなかった。

************************************************
はーはははは。でもこれで首位にたったもんねえ。
マドリーももうお終いやろ。
バレンシアは内紛気味だし、オサスナにはこの間勝っているし、
セルタは怖るるに足らずだ。
このまま絶好調でいくぞい。
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バルサ左からロニー、デコ、エトオ、チャビ

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ずばっとロニー
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by fez_maroc | 2005-11-21 20:41 | 【バルサ】